「そんで、こーなるわけだ」

「あ、なるほどー」

「ったく、俺は音楽教師なんだぞ?こんなもん、担当教科の先生に聞けや」

持っていたペンを置いて、駄賃代わりに貰った缶コーヒーをひとくち飲む。

「だってー、あの先生怖いんだもん」

「お前さんが怖いのは、数式だろう」

「…うん、確かに怖い」

「納得すんなよ…」

「あ、じゃあね、次これ!こっちの公式わかんない」

こいつは人の言った事を本当に聞いてるのか?

「あのなぁ、。教師ってのは…」

「これだけっ、数学はこれだけだから!」

「ちょい待て」

「ん?」

「お前さん、今『数学  』とか言わなかったか?」

「うん、言った。あとね、物理が…」

本日は終了〜、俺はこれから仕事だ。さー出た出た」

ぱんぱんと手を叩いて、次に机に広げられそうだった教科書を強引に閉じる。

「生徒の相談に乗るのも先生のお仕事でしょ!?」

「俺の教科がなんだか、わからないとは言わせないぜ?

「うぅ…」

「音楽の相談だっていうなら、100歩譲って聞いてやろう。けど、お前さんのは違う」

「うー…」

「ほれ、この時間なら職員室に大抵の教師は残ってる。その熱意を向けられりゃ、誰だって喜んで教えてくれるさ」

ぽんぽんと頭を撫で、宥めて追い出そうとしたが、敵は案外しつこかった。

「金やんに教えて貰いたいんだもん!」

「おっ…と」

がしっと手を掴まれ、そのまままっすぐ目を見つめられる。

「音楽でも勉強でも、わかんないこととか、はじめてのこととか…そういうの教えて貰うなら金やんがいい!」

「……

「色んなこと、教えてよ……まだまだ、知らないこと、いっぱいあるんだもん」

「…………」

「全然、……追いつけないんだから」

少なからず好意を持っている相手に、泣きそうな顔でそんな風に言われて揺るがない男は、いるのだろうか。
ここがどこだとか、相手がどうとか…そんなこと、頭から吹き飛びかけた俺の耳に、有り難い呼び出しがかかった。

「おー…っと、タイムリミットだ。

「えーーーーー」

「理事長様の呼び出しに、教師である俺が逆らえるはずもなかろう。ほれ、ここの鍵。ちゃーんと戸締り確認してから、職員室に返しといてくれな」

「ちょ、金やん?!」

フグみたいに膨れた顔を見て、腹をくくって手をあげた。

「気が向いたら、また教えてやるさ。お前さんの根性に免じてな」

「やったー!」

「じゃあ、鍵…頼んだぞ」

「はーい!」

元気良く返事する姿を見てからドアを閉め、やや急ぎ足で理事長室へ向かう。










「…珍しいですね」

なにが…だ

「私の呼び出しを無視することが多いあなたが、息を切らせてまで駆けつけてくれるとは。仕事熱心で嬉しいですよ、金澤先生」

「心…にも、ねぇことを

「ですが、教師が廊下を走るのは感心しませんね。生徒に悪影響を与えます」

「走ってねぇよ。ただ…ちょっと、早歩きした、
だけだ…

「でしたら、構いません。では…こちらの書類ですが」

「おいおい、少し休ませろよ」

「そんな時間があれば、あなたを呼び出したりしませんよ」

「やれやれ…人使いの荒い理事長様だ」

けれど、今日はそのおかげで助かったのだから…なんでもやってやるさ。
座り心地のいいソファーに腰を下ろし、渡された書類に目を通しながら、ぽつりと呟く。

「…欲求不満かねぇ」

「どこで吐き出しても発散しても構いませんが、学院内では止めて下さい」

「………冗談だよ」

「えぇ、私も冗談です」

「冗談なら、冗談らしく言え…」

ぺらりと書類を捲り、ため息をもうひとつ。

「…もう少ししっかりしねぇと、な」

「そうですね」

「だから……いちいち突っ込むな」

「でしたら、黙っていて下さい。気が散ります」

「………へいへい」

だが、黙っていると、書類にある文字から、の台詞を思い出し、どうにも落ち着かない。

同音異義語…意味は違っても、別の意味に捉えちまうと、必死で堪えてるもんさえあっという間に崩壊させる、誘惑の言葉。

「本当に教えたくなっちまうだろ…」

そう呟いた言葉も、地獄耳な理事長サマにしっかり上げ足を取られ、更に仕事が増えたのは言うまでもない。





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ある意味魅惑の台詞なのでしょうか。

色々、教えて…?

色々って言葉に、いろ〜んな意味が含まれているので、受取る側の年齢が上であればあるほど、想像力豊かになっているので、楽しくてしょうがな…げほほほ…(笑)
すまん、書いてて金やんにツッコミ入れる理事長が楽しくて仕方ありませんでした(笑)

高校時代、担当教科じゃない先生に、お菓子を持っていって数学や物理を教えてもらったのは私です。
二人っきりで教えて貰ってたんだよねぇ〜♪
…うわぉ、青い春だね★
その先生には3年間チョコを渡し、3年間お返しも貰っていました。